こんにちは。トピックブレンド編集部の「RYOTO」です。
心配事の9割は起こらないは嘘なのか、ここ気になりますよね。検索しているあなたはたぶん、取り越し苦労って言われても納得できないか、嫌な予感がだいたい的中する感覚があるか、もしくは運の良い人の話に聞こえてモヤっとしてるんじゃないかなと思います。
このテーマは、根拠や科学的根拠の話(研究・データ)と、禅(枡野俊明さんの考え方)の話、そして不安障害やGAD(全般性不安障害)みたいな臨床の話がごっちゃになりやすいんです。さらに、ペンシルベニア州立大学の研究で語られる91.4%という数字も、聞き方次第で「嘘っぽい」にも「救い」にも見えます。
この記事では、数字の意味を冷静にほどきつつ、予防のパラドックス・生存者バイアス・ベイズの定理・防衛的悲観主義・認知行動療法といった観点から、「じゃあ結局どう扱えばいいの?」まで落とし込みます。残り8.6%が怖い人ほど、読み終わるころには道筋が見えるはずです。
あと大前提として、数字や理屈で不安がゼロになるわけじゃないです。不安って体の反応でもあるので、そこも含めて「扱い方」を一緒に整えていきましょう。
この記事4つのポイント
心配事の9割は起こらないは嘘か?

ここではまず、よく出回る「9割」の話がどこから来たのか、そして「嘘」と感じるのがなぜ自然なのかを整理します。数字の意味を誤解しないだけで、不安はだいぶ扱いやすくなりますよ。
ポイントは、9割という表現が「確率の断定」じゃなくて、実は心配の性質(外れやすさ)や心の持ち方(妄想との距離)を示す言い回しとして使われている、ってところです。
根拠は91.4%の研究

「心配事の9割は起こらない」に最も近い数字として有名なのが、検証可能な心配事のうち約91.4%が実際には起こらなかった、という報告です。これがひとり歩きして「9割」という表現に繋がっているイメージですね。
ただ、ここで大事なのは“誰の、どんな心配”を測っているかです。いわゆる全般性不安障害(GAD)の傾向が強い人たちが、自分の心配を記録し、あとで「起きたかどうか」を振り返る、というタイプの研究がベースになっています。
この手のデータは、すごく救いになる一方で、「平均は平均」でもあります。心配の内容(健康・仕事・人間関係)や生活環境、そして「事前に備えたかどうか」で体感は変わる。だから私は、91.4%を“安心材料”として使いながらも、「残りの8.6%をどう扱うか」までセットで考えるのが現実的だと思っています。
91.4%が出た条件をざっくり押さえる
この数字が強いのは、ふわっとしたアンケートじゃなくて、日々の記録(いわゆるエコロジカル・モーメンタリー・アセスメント寄りの手法)で「心配の予測」を集めて、一定期間後に「起きたかどうか」を追いかけている点です。しかも、検証できない心配(たとえば「嫌われた気がする」みたいに、結果が判定しづらいもの)を除外して、検証可能な心配にフォーカスしています。
たとえば「来週の会議で炎上する」「健康診断で重い病気が見つかる」「あの人が怒って関係が壊れる」みたいな“未来の予測”って、実はかなり外れます。外れるのに、頭の中では“確定”みたいに感じる。ここに苦しさの正体があります。
使い方を間違えるとしんどくなるポイント
「9割も外れるんだ、じゃあ気にするのやめよ」でスパッと切れる人もいます。でも、あなたが今しんどいなら、たぶん切れない。むしろ「切れない自分はダメだ」と二重に苦しくなることがあるんですよ。だから私は、数字を“自分責めの材料”にしないで、不安の取り扱い説明書を作る材料として使うのがいいと思っています。
覚えておくとラクなポイント
91.4%は「心配が無意味」という話ではなく、心配の予測は外れやすいという話です。外れやすいなら、外れた実績を積み上げて脳に学習させるほうが効きます。
数字は万能じゃない
この手の研究は、対象者・条件・定義で結果が変わります。あなたの生活状況や心配の種類によって当てはまり方は違うので、数字はあくまで一般的な目安として扱ってください。
ペンシルベニア州立大学のデータ
もうひとつ、よく引用される分解が「起こらない/起きても対処できる/対処不能」という分類です。これがうまいのは、単に「起こる・起こらない」だけじゃなくて、起きたとしても人生が詰むわけじゃないという視点が入るところです。
私の感覚だと、心配がしんどい人って「起きるかどうか」よりも「起きたら終わりだ」が強い。だから分類で見ると、頭の中の“終わり感”が少し薄まります。
| 分類 | 目安の割合 | 意味合い |
|---|---|---|
| 発生しない事象 | 約79% | 取り越し苦労で終わる |
| 対処可能な発生事象 | 約16% | 準備や対応で収束できる |
| 対処不能な発生事象 | 約5% | 不可抗力でコントロール外 |
この見方の良さは、95%は「起きない」か「起きても何とかなる」に寄る、という落とし所が作れる点です。もちろんこれは一般的な目安で、条件や定義で数字は動きます。だからこそ、次の見出しで「不安が消えない仕組み」をちゃんと押さえていきます。
この分類を日常に落とすと強い
私がよくおすすめするのは、この分類をそのまま“仕分けのテンプレ”として使う方法です。頭の中で「終わった…」ってなったときほど、紙に書いて分類すると落ち着きます。
心配を3分類するミニ表
| 心配の例 | 分類 | やること |
|---|---|---|
| 資料の誤字が怖い | 対処可能 | チェック項目を作り見直す |
| 将来スキルが足りない | 対処可能 | 学習計画を週単位で組む |
| 地震がいつ来るか不安 | 対処不能 | 最低限の備蓄と避難確認 |
| 相手に嫌われた気がする | 発生しない寄り | 根拠を書き出し保留する |
こういうふうに“やること”が決まると、心配のエネルギーがちゃんと行き先を持てるんですよ。行き先がない心配が、いちばん厄介です。
ボルコヴェックとGAD不安障害
心配が止まらない状態って、気合いや性格の問題というより、脳が「守りのモード」に入ってることが多いです。研究の世界では、心配(worry)が認知的回避として機能する、という考え方が知られています。
ざっくり言うと、人は本当に怖い映像(事故・失敗・最悪の結末)を頭で生々しく再生すると、感情が一気に揺れます。それがしんどいので、脳は“映像”じゃなく“言語”に逃げる。つまり、延々と理屈で考えてしまう。これが心配のループを保ちやすい、という見立てです。
ここでポイントは、「9割は起こらない」と言われても不安が消えないのは自然だということ。なぜなら心配は、あなたを落ち着かせるためのものというより、むしろ「最悪の感情の直撃を避けるための避難行動」になっている場合があるからです。
心配が“止まらない”ときに起きていること
心配って、意外と「気持ちよさ」も混ざることがあります。気持ちいいと言うと語弊があるけど、心配している間は「何かしてる感」があるんですよ。考えているだけでも、脳は“問題に取り組んでいる”と錯覚します。だからこそ、心配が長引く。
さらに、心配が続くと身体は緊張状態になります。睡眠が浅くなる、呼吸が浅くなる、胃が重くなる、肩が凝る。体が緊張していると、脳は「危険だ」と判断して、さらに心配材料を探しに行く。これがループです。
抜けるコツは「言語→行動」へ変換する
ここでのコツは、心配を“言語のループ”に留めず、できる範囲で行動に変換することです。行動って言っても大げさじゃなくてOKです。
これだけで、脳が「対応中」と認識しやすくなって、不安が少し引きます。
医療の話は慎重に
不安障害やGADの診断や治療は、自己判断だけで決めないでください。睡眠・食欲・仕事や学業への影響が強い場合は、早めに医療機関や専門家に相談するのがおすすめです。最終的な判断は専門家にご相談ください。
枡野俊明と禅の莫妄想
「心配事の9割は起こらない」を広めた文脈は、統計というより“禅の態度”に近いです。禅でよく出てくるのが「莫妄想(まくもうぞう)」という教えで、要は妄想で心を縛らないという方向性ですね。
禅の考え方は、未来の不安をゼロにするというより、心を「いま・ここ」に戻すのが得意です。比較(勝ち負け・優劣・見た目)を軸にすると、妄想が膨らみやすい。だから「比べない」「決めつけない」「握りしめない」が基本になります。
ここで誤解しやすいのが、「9割は起こらない=何も備えなくていい」という読み方です。禅の文脈はどちらかというと、心配が作る“余計な苦しみ”を減らす話。現実のリスク管理とは別レイヤーなんですよ。
禅の教えを“日常スキル”に翻訳すると
禅の強みは、難しい理屈よりも「今に戻す動作」があるところです。私はこれを、メンタルの筋トレというよりメンタルのフォーム矯正だと思っています。フォームが崩れると、同じ重さでもしんどい。フォームが整うと、同じ状況でも少しラク。
禅的キーワードのざっくり対応表
| 概念 | 意味 | 日常での使い方 |
|---|---|---|
| 莫妄想 | 妄想することなかれ | 先読みが暴走したら今に戻す |
| 把手共行 | 信頼できる人と手を取る | 相談・協力で背負い込みを減らす |
| 喜捨 | 執着から離れる | 捨てる・手放すで頭のノイズを減らす |
| 恕 | 許す・思いやる | 相手目線で不安の誤解をほどく |
私がよくやる「いま・ここ」戻し
禅の実践って、座禅だけじゃないです。たとえば、机の上を3分だけ片付ける、呼吸を2回深くする、コップの水を飲む、散歩で足裏の感覚に意識を向ける。こういう“小さな戻し”が、妄想の勢いを切ってくれます。
心配の9割が“妄想の雪だるま”だとすると、禅は雪を溶かす熱源というより、雪だるまを転がし始める前に手を止める技術に近いです。これがハマる人は、数字よりも効きます。
RYOTOの捉え方
私はこの言葉を「未来の全部を解決しようとしないで、今日できる一手に戻ろう」という合図として使うのが一番うまいと思っています。
妄想とネガティブ思考
「嘘だ」と感じる人ほど、ネガティブ思考が強いというより、想定力が高いことが多いです。仕事でミスが許されない人、責任が重い人、家庭や子育てで“守るもの”がある人ほど、心配はセンサーとして働きます。
一方で、心配が妄想になってしまう瞬間もあります。よくあるのは、根拠の薄いまま「最悪」へ直行するパターン。「上司の返信が遅い→評価が下がった→もう終わりだ」みたいに、途中のステップが全部想像で埋まっている状態です。
この違いを見分けるコツはシンプルで、その心配が“行動”に変換できるかです。行動に落ちるなら、それは信号。落ちないなら、ノイズになりやすい。ここを仕分けできると、「心配が強い自分」を責めずに済みます。
信号とノイズを分ける3つの質問
私は、心配が出てきたら次の3つを自分に聞きます。これ、地味だけど効きますよ。
- 根拠は何?(事実と想像を分ける)
- 今できる一手は?(行動に落とせるか)
- 放置した場合のコストは?(備える価値があるか)
この3つで、だいたい方向性が決まります。「根拠が薄くて、今できる一手がなくて、放置しても致命傷じゃない」なら、ノイズの可能性が高い。逆に「根拠があって、今できる一手があって、放置すると痛い」なら信号です。
認知のクセが強いときは“パターン名”を付ける
心配が妄想化するとき、よくあるのは認知のクセです。たとえば「白黒思考(0か100か)」「過度の一般化(1回の失敗で全部ダメ)」「心の読みすぎ(相手は絶対こう思ってる)」みたいなやつ。ここで大事なのは、直そうと頑張るより、まず自分のクセに名前を付けて距離を取ることです。
「あ、今“心の読みすぎ”だな」って気づけるだけで、心配の勢いが落ちます。勢いが落ちたら、行動に変換するか、保留にするかを選べます。
自己啓発系のフレーズが刺さりすぎて疲れるタイプの人は、自己啓発にハマる人の心理と軌道修正も合わせて読むと、距離感が取りやすくなると思います。
心配事の9割は起こらないは嘘の扱い方次第

ここからは「結局どうすればいい?」のパートです。9割という言葉を信じる・信じないの二択にしないで、あなたの生活に合う“扱い方”に落とし込みます。
私はここを「メンタルの根性論」じゃなくて、リスク管理+脳の癖の調整として扱うのが好きです。あなたの不安は敵じゃなくて、うまく使えば味方になります。
予防のパラドックスと対策
「心配して対策したから起こらなかったんじゃないの?」という反論、これめちゃくちゃ正しいです。これがいわゆる「予防のパラドックス」で、予防が成功すると「そもそも危険はなかった」に見えてしまう現象です。
例えば、法務チェック・バックアップ・健康診断・地震対策。どれも、やった結果トラブルが起きなければ「気にしすぎ」と言われがち。でも実際は、気にしたから回避できた可能性がある。ここを無視して「9割は起こらないから大丈夫」は、危機管理の文脈だとかなり危ないです。
仕事ができる人ほど“心配が仕事”になっている
地味に真理なんですが、ミスが許されない職種ほど「心配→点検→改善」がセットになっています。インフラ、会計、医療、法務、運用、管理職。これらは、心配を放棄した瞬間に事故が増えます。
だから、9割という言葉を使うなら「心配しなくていい」ではなく、心配を“手順化して短くする”が正解です。心配の量をゼロにするより、心配の時間を短縮して、必要な確認だけ残す感じですね。
不安を“チェックリスト化”するのが強い
心配をゼロにするより、「心配→確認項目→完了」の流れにすると、脳が落ち着きやすいです。終わったら“完了”を可視化して、同じ心配を何度も回さないのがコツ。
私が使う「備える・手放す」の境界線
予防のパラドックスで一番ややこしいのは、「どこまで備えるか」です。備えすぎると疲れるし、備えなさすぎると事故る。その中間を作るために、私はこう決めています。
つまり、「安心のための備え」が「不安を増やす儀式」になったら見直しどきです。
つまり、「心配=悪」ではありません。心配を“必要量”に整えるのが正解。次は、なぜ周りの言葉がズレて聞こえるのかを説明します。
生存者バイアスで見えるズレ
「運の良い人の話でしょ?」と感じる背景には、生存者バイアスが絡みます。うまくいった人の体験談は表に出やすいけど、うまくいかなかったケースは見えにくい。結果として、平均が“ぬるく”見えてしまうんですね。
それに加えて、心配が的中した体験って記憶に刺さります。脳は危険を学習するようにできているので、「当たった」記憶だけが強化されやすい。逆に、当たらなかった心配は流れていく。だから体感は「けっこう当たる」になりがちです。
ここでやってほしいのが、「当たらなかった記録」を残すこと。次のセクションで話すように、あなたの脳は“証拠”があると更新されます。記録は、気休めじゃなくてデータです。
体感の「当たりやすい」は、脳の仕様かも
たとえば、10個心配して1個だけ当たったとします。本来は「90%外れた」なのに、当たった1個のダメージが大きいと、体感は「やっぱり当たる」になります。ここ、気になりますよね。でもこれ、あなたが弱いんじゃなくて、脳が「危険を忘れない」ようにできてるからなんです。
大丈夫だった記録を“後からでも”積む
私はこれを「安心ログ」って呼んでます。やり方は簡単で、次の3行だけ書きます。
- 心配していたこと(例:プレゼンで詰む)
- 実際に起きたこと(例:少し詰まったが持ち直した)
- 学び(例:詰まっても終わらない、次はメモを用意)
これを繰り返すと、脳が「心配=確定」じゃなく「心配=仮説」だと学びます。仮説になれば、心配は管理できます。
安心ログのコツ
「何も起きなかった」でもOKです。むしろそれが大事。脳は“何も起きなかった”を勝手に忘れるので、こっちから記録してあげると効きます。
ベイズの定理で確率更新
「嫌な予感がする」という感覚は、単なる気のせいとは限りません。経験や違和感(証拠)が入ると、人の主観確率は更新されます。これを説明するのに便利なのが、ベイズの定理の考え方です。
難しく見えますが、言いたいことはシンプルで、平均の9割とあなたの今の状況は同じじゃない、という話です。何かの兆候があるなら、あなたの中で「起こる確率」が上がるのは自然な推論なんですよ。
P(H|E) = P(E|H) × P(H) ÷ P(E)
H:心配している出来事が起きる
E:違和感・兆候などの証拠
ただし注意点もあって、脳は証拠を“盛る”ことがあります。不安が強いと、曖昧な情報を「危険の証拠」として採用しやすい。だからこそ、次の防衛的悲観主義の話と、認知行動療法の話が効いてきます。
超ざっくりの数値例で腹落ちさせる
たとえば、何もない通常状態で「問題が起きる確率」を10%(0.10)だとします。ここで、あなたが「いつもと違う違和感」を見つけた(証拠E)としましょう。
もし、その違和感が本当に問題の前兆である確率が高いなら、主観の確率は上がります。逆に、違和感がよくある勘違いなら、あまり上がりません。つまりベイズっぽい考え方は「違和感の信頼度を見積もる」ってことです。
不安のときに起きがちな落とし穴
- ベースレート無視:普段は滅多に起きないのに、急に確定扱いになる
- 証拠の過大評価:曖昧なサインを“決定的”に解釈しがち
- 確認し続ける:安心したくて情報を漁り、逆に確率が上がる
ここを避けるために、私は「確率を当てに行く」より「行動を決めに行く」に切り替えます。つまり、確率の精度より、対策の費用対効果で判断する感じです。
防衛的悲観主義と楽観主義

不安に強い人がいる一方で、不安があるから結果を出せる人もいます。これが防衛的悲観主義という適応戦略の考え方です。ざっくり言うと、最悪を細かく想定して準備することで、安心して本番に臨めるタイプですね。
このタイプに「9割は起こらないから気にしないで」と言うと、逆にパフォーマンスが落ちることがあります。無理やりポジティブになるのって、地味にエネルギーを消耗するんですよ。だから私は、楽観が正義でも、悲観が悪でもないと思っています。
| 観点 | 防衛的悲観主義 | 戦略的楽観主義 |
|---|---|---|
| 準備の仕方 | 最悪を想定して備える | うまくいく前提で進める |
| 不安の扱い | 燃料として使う | ノイズとして減らす |
| 向く場面 | 失敗コストが高い場面 | 集中を切らしたくない場面 |
あなたがどっち寄りかで、処方箋は変わります。「9割は起こらない」を鵜呑みにして自分に合わないやり方を押し付けるのが、一番もったいないです。
防衛的悲観主義の人がラクになる運用
防衛的悲観主義の人は、心配をゼロにしようとしないほうがいいです。代わりに「心配の使い道」を決める。
儀式って言うと大げさだけど、付箋を捨てる、チェックを入れる、深呼吸する、風呂に入る、でもOKです。脳に「完了」を教えるのが目的です。
戦略的楽観主義の人がハマりがちな罠
逆に、普段あまり不安を感じない人は「準備を軽視」しがちです。だから、最低限の備えだけはルール化しておくと強いです。たとえば「重要資料は送る前に5分だけ見直す」みたいなミニルール。楽観派は“ルールの力”で事故を減らせます。
認知行動療法で不安を管理
ここからは実践編です。私がいちばん推したいのは、「不安を消す」より不安を管理する発想。管理って言うと冷たいけど、要は“使える形にする”ってことです。
まずは不安を書き出す
頭の中で回している限り、不安は増幅しやすいです。紙でもメモでもいいので、いったん全部出す。これだけで脳のワーキングメモリが空いて、体感が軽くなる人が多いです。
コツは、きれいに書かないこと。箇条書きでOKです。「怖い」「ムリ」「終わった」みたいな雑な言葉でも出す。出すことが目的です。整えるのは次のステップ。
コントロールできるかで仕分けする
書き出したら、A:今すぐ対策できる、B:時間はかかるが対策できる、C:自分ではどうにもできない、に分けます。ポイントは、Cを「考えても無駄」と切る勇気。冷たいんじゃなくて、リソース配分です。
ここで詰まる人は多いです。「全部大事に見える」ってやつ。でも、全部大事にすると全部が重くなります。だから、大事なものほど、行動に落とす。落ちないなら、考える時間を決めて保留にします。
コラム法で“最悪の飛躍”を止める
自動思考(瞬間的に浮かぶ結論)を、根拠と反証でチェックします。「クビになる」の根拠は?「前に詰まったけど大丈夫だった」という反証は?この作業で、思考の暴走が止まりやすくなります。
超シンプルなコラム法テンプレ
| 項目 | 書く内容の例 |
|---|---|
| 状況 | 上司の返信が1日ない |
| 自動思考 | 怒ってる、評価が下がった |
| 根拠 | 返信が遅い |
| 反証 | 忙しい時も同じ、過去も大丈夫だった |
| 適応的思考 | 遅いだけの可能性が高い。明日確認する |
このテンプレの良いところは、「不安を消す」のではなく「不安の主張を検証する」ところです。検証できると、脳が落ち着きます。落ち着いたら、行動が選べます。
体から落ち着かせる
不安は思考だけの問題じゃなく、身体反応でもあります。腹式呼吸や漸進的筋弛緩法みたいに、体をゆるめる手段を持っておくと強いです。仕事や家庭で緊張が抜けにくい人ほど、体アプローチは即効性が出やすいです。
私のおすすめは「吐く時間を長くする」呼吸です。4秒吸って、8秒吐く。これだけで、体が“戦闘モード”から少し抜けます。完璧にやる必要はないです。できる範囲でOK。
避け続けるほど不安は残る
不安の対象を避け続けると、脳は「避けた=危険だった」と学習します。だから不安は残ります。ここで必要になるのが、段階的な曝露(エクスポージャー)です。
これ、体育会系の根性論じゃないです。脳の学習を逆回しする感じです。無理は禁物なので、できそうな範囲で、少しずつが正解です。
ここは無理しないでOK
不安が強すぎて日常生活に支障が出る、パニックのような症状がある、眠れない状態が続く場合は、セルフケアだけで抱え込まないでください。正確な情報は公式サイトをご確認ください。最終的な判断は専門家にご相談ください。
人間関係の心配が絡む場合は、相手への「心配」が逆に刺さってしまうこともあります。距離感や言い方に悩むなら、心配されるのが嫌いな男性の心理と接し方も参考になりますよ。
まとめ:心配事の9割は起こらないは嘘の結論

結論として、心配事の9割は起こらないは嘘か?に対して私はこう言います。“言い方は強いけど、方向性は本当。ただし使い方を間違えると有害”です。
数字はあくまで一般的な目安で、あなたの状況や心配の種類で揺れます。だから「起こらないから忘れろ」ではなく、「起こらない可能性が高いなら、必要な備えだけして、残りは手放す」が現実的。
私がこのフレーズをおすすめする“使いどころ”
この言葉が効くのは、次みたいな場面です。
逆に、危機管理が必要な職種や状況で「備え」を削る方向に使うのはNGです。ここ、誤用が一番怖いところです。
今日からの3ステップ
- 心配を全部書き出す
- 対策できるものだけ行動にする
- 当たらなかった記録を残す
最後にひとこと
あなたが心配性なのは、弱さじゃなくて責任感や想定力の裏返しでもあります。だからこそ、心配を“武器”として使える形に整えていきましょう。9割という言葉は、思考停止の麻酔じゃなく、必要な1割に集中するためのフィルターとして使うのがいちばん健全だと思います。
そして繰り返しになりますが、体調や生活に影響が出るレベルの不安は、無理に一人で抱えないでください。正確な情報は公式サイトをご確認ください。最終的な判断は専門家にご相談ください。

